景色を楽しむ直売所観光農園 新しい村(宮代町) 大人は昔を想い出し懐かしい遊びがしたくなる!子供は広々はらっぱで元気に走り回り、緑の中では昆虫採集!毎月開催している色々な講座は、モノ作りやお料理教室、「魔女っ子見習い」などキッズ向けも人気です。新鮮お野菜の直売所「森の市場結」や旬のメニューが登場する「森のカフェ」も併設されています。 ※埼玉県産業観光ガイドブック「も...
博物館・科学館 日本工業大学工業技術博物館(宮代町) 日本工業大学のキャンパス内に開設された博物館。わが国産業の発展に貢献した機械・機器・資料等を技術史的に整理して保存・展示。展示工作機械の70%は動態保存であり、明治末期から昭和中期まで実稼動していた機械加工の町工場も復元。明治24年にイギリスで製造されたSLも動態保存されています。...
花 青毛堀桜堤(久喜市) 青毛堀に沿って約1kmに渡り約250本の桜並木が続きます。菜の花も植樹されており、ピンクと黄色のコントラストが見事です。見頃は3月下旬から4月上旬で、その頃には花見客で大変賑わいます。また、青毛堀堤に沿ってサイクリングを楽しんでいる方も多く見られます。...
花 清久さくら通り(久喜市) 久喜市の桜の名所の一つです。久喜市の西、主要道川越・栗橋線から備前前堀川に沿って清久工業団地に至るまでの通りが清久さくら通りです。昭和55年に完成した清久工業団地の造成にともない植えられたもので、約700mのさくら並木は圧巻です。恒例のさくら祭りは4月上旬に開催されます。...
史跡・城跡花 静御前の墓(久喜市) 栗橋の地で亡くなった源義経の内妻、静御前の墓です。静御前は栗橋の地にあった寺に葬られましたが、墓がないのを哀れんだ幕府領を広域支配する代官である関東郡代が、1803年に墓碑を建立したと言われています。静御前の命日である9月15日には「静御前墓前祭」がささやかに行われています。...
花 栗橋の静桜(久喜市) 源義経とのロマンスで知られている静御前。奥州へ逃れた義経を追って北へ向かっていた静が義経の悲報に接し、弔いのために一本の桜を野沢の地(宇都宮)に植えたのが、静桜と言われています。栗橋駅前のひめプラザの隣接に静御前の墓所があり、それを見守るかのように植えられているのが『静桜』です。全国にも数箇所にしかないという貴重な桜で...
景色を楽しむ花 権現堂公園(桜・菜の花)(幸手市) 関東有数の桜の名所として有名です。3月下旬から4月上旬にかけて、約1000本の桜が咲き、1kmにわたって桜のトンネルを作ります。桜の周辺には菜の花が作付けされ、桜のピンクと菜の花の黄色とのコントラストは絶景です。また、梅雨の時期には紫陽花が咲き、秋には曼珠沙華(ヒガンバナ)が土手を真っ赤に染め、冬には水仙が咲き誇り、四...
花 栗橋の赤花そば(久喜市) ヒマラヤ山地(ネパール)原産の赤花そば。栗橋地区で栽培している赤花そばは観賞用で、見頃の10月中は約0.6ヘクタールのそば畑が一面気品漂うルビー色に染まり、観る者の目を楽しませてくれます。朝晩の気温が冷え込んできますと、赤花そばのピンク色の深みがまします。...
碑・像 マリア地蔵(幸手市) 現在の権現堂集落農業センターの敷地内で発見されたマリア地蔵は、1820年に立てられたものです。「イメス智言」の文字や、錫杖(しゃくじょう)上部に刻まれた十字架、抱えている赤子などから隠れ切支丹(キリシタン)の信仰対象であったと考えられ、切支丹研究家の間で注目されています。...
碑・像 順礼の碑(幸手市) 1802年、春の長雨のあと、夏には激しい風が雨を伴って利根川の水位は高まり、この付近は決壊、大洪水になりました。土手を直す工事が進まず村人が困っていたところに、通りかかった順礼の母子が、自ら進んで人柱となり、濁流に身を投じたところ、たちまち洪水は治まったという伝説が残っています。その伝説を記念して造られた石碑です。...
碑・像 銀杏地蔵(幸手市) 市の東北部に位置する西関宿は江戸との水運で栄えました。臨川庵(りんせんあん)の境内には珍しいお地蔵様があります。このお地蔵さまは、樹齢500年といわれる大銀杏の胎内に刻まれ、今もなお、樹と共に成長し続けていて、今も参拝者が絶えません。銀杏地蔵は子育て地蔵として、子宝に恵まれない人などの信仰を集めています。...
史跡・城跡碑・像 栗橋関跡(久喜市) 江戸時代、利根川には橋がなく奥州街道を往来する旅人は、利根川を渡し舟で渡らなければならなりませんでした。利根川を渡る者を取り締まったのが、この栗橋の関所です。「入り鉄砲と出女」と言われ、特に女性の取り調べは厳重で、重要な関所の一つでした。今現在では、石碑が建てられています。...
碑・像 街道の道しるべ(幸手市) 徳川家の将軍が、初代将軍家康が祀られている日光山へ詣でるための道が御成道といいます。この日光社参は、2代将軍秀忠に始まって、12代将家慶まで19回にわたって行われました。幸手宿の南で日光道中と御成道が合流しましたので、幸手は古くから宿場町として栄えていました。当時の旅の案内『道しるべ』は今でも残されています。...
ホール・会館建造物 宮代町コミュニティセンター進修館(宮代町) 町民が集い、創造する場として親しまれ、様々なコミュニティ活動の拠点施設です。そのユニークな外観から、町のランドマークとして広く親しまれています。大ホール・小ホール・集会室・研修室・和室・茶室・食堂・ボランティア室・ロビー・芝生広場が整備されています。...
日帰り入浴 百観音温泉(久喜市) 豊富な湯量からなる源泉かけ流し100%の自噴温泉です。美肌効果があり、その他、皮膚湿疹、アレルギー、疲労回復などの効能があります。個室付貸切風呂や貸切風呂、露天風呂をお楽しみ頂けます。また、徳川家にゆかりがあり、消失していた「観音堂」が再建され、併設されています。...
博物館・科学館 宮代町郷土資料館(宮代町) 年間を通じて企画展や講座などを実施しています。屋外には、町指定文化財の旧加藤家住宅や旧斉藤家住宅など複数の歴史的建造物があり、本館の展示とあわせて、宮代町の歴史を身近に感じることができます。また、常設展示室内に「郷土の偉人/島村盛助」コーナーが新設され、好評を得ています。...
建造物 外野橋(幸手市) 外野橋の構造的な特徴は、斜め吊材を採用した2径間連続自破式吊橋であることです。斜め吊材を使用した吊橋は、優れた構造特性と美観を合わせ持っており、世界に4橋しかない珍しい吊り橋で、幸手市のランドマークとなる美しい吊り橋です。桜まつり期間中はライトアップを行う予定となっています。...
碑・像 ハッピーハンド(幸手市) 幸手市は「幸せの手」と表記することから、「幸せの手(ハッピーハンド)」を街づくりのキーワードとしています。社団法人幸手青年会議所では、毎年その年に日本一幸せだった人を市民投票で選び、その方に手形をモニュメントにして市役所に展示する、ハッピーハンド事業を実施しており、それを記念する広場となっています。...
幸手義賑窮餓之碑(幸手市) 義賑窮餓之碑(ぎしんきゅうがのひ)は正福寺の境内にあります。天明3年(1783)浅間山の大噴火により冷害と大飢饉が発生し、幸手宿の農村も難民が続出しました。その際、幸手宿の義人21名が米や金を出し合い幸手の民を救いました。この善行を讃え、碑を建てたそうです。今では善行活動の始まりと言われています。...
聖福寺勅使門(幸手市) 江戸時代には将軍の日光社参の折りと、東照宮例大祭に天皇の代理で参拝した例幣使の帰路の休憩所に用いられ、山門は唐破風四脚門で将軍と例幣使以外は通行できなかったとされています。阿弥陀如来を本尊とし、運慶の作と伝えられる観音菩薩像が祀られ、境内には漢学者金子竹香の碑などが建てられています。...