金窪城は、治承年間(1177〜80)に加治屋治が築城し、天正10年(1582)の神流川の合戦で落城後、川窪氏が城主となり、元禄11年(1698)に廃城となりました。土塁や堀の跡が一部に残り、往時を偲ばせています。
戦国の激戦地・神流川合戦の舞台
金窪城跡は、埼玉県上里町大字金久保に残る中世の城跡です。治承年間(1177〜80年)に加治屋治によって築城されたとされ、戦国時代には上杉・武田・北条の諸勢力の争奪戦に巻き込まれた歴史を持ちます。特に天正10年(1582年)の「神流川合戦」では、武田遺臣と北条氏康の間で激しい戦いが繰り広げられ、城は落城しました。その後川窪氏が城主となり、元禄11年(1698年)に廃城となるまで約100年間、この地を治めました。土塁と堀が伝える城の面影
現在は公園として整備されており、かつての土塁や堀の跡が一部に残っています。大規模な建造物こそありませんが、土塁の輪郭から当時の城郭の規模をイメージすることができます。「金窪城の御城印」も地域で作成されており、歴史好きな方の訪問地として注目されています。入場無料・常時開放。 JR高崎線「神保原駅」から徒歩約25分、関越自動車道「本庄児玉IC」から約15分。 埼玉県上里町大字金久保1570。 お問い合わせ:上里町役場(産業振興課) 0495−35−1232金窪城跡の情報
こちらは金窪城跡の基本情報です。実際の情報と異なる可能性がありますので、詳しくは公式サイトなどでご確認ください。
| 名称 | 金窪城跡 |
| 読み方 | かなくぼじょうし |
| 所在地 | 埼玉県上里町大字金久保1570 |
| 電話番号 | 0495-35-1232(上里町役場/産業振興課) |
| 営業時間 | 常時開放 |
| 定休日 | なし |
| アクセス | 電車・最寄駅 JR高崎線「神保原駅」下車 徒歩約25分 車でのアクセス 関越自動車道「本庄児玉」ICより約15分 0495-35-1232(上里町役場/産業振興課) |
| 駐車場 | 公式 | 金窪城跡のオフィシャル(公式)サイト |
| バリアフリー | |
| 備考 | 無料 |


