史跡・城跡建造物 川越城中ノ門堀跡(川越市) 川越城は1457年に築城されました。1639年に藩主となった松平信綱は城の大改修を行い、中ノ門堀もこの時期に造られたものと考えられます。明治時代以降、川越城の多くの建造物が取り壊されましたが、中ノ門堀跡は旧城内に残る唯一の堀跡となり、貴重な歴史的遺産として保存・公開しています。...
史跡・城跡 遷喬館(さいたま市) 1799年に、岩槻藩士の儒学者、児玉南柯が創設した私塾であり、文化年間に藩校となりました。建物は武家屋敷を利用したものであり、木造平屋建て、茅葺屋根の構造です。 現在では江戸時代に児玉南柯が創設した当時の姿に復元され、吹きさらしの玄関や漆喰の壁、生徒の入口を設けています。埼玉県内に現存する唯一の藩校でもあります。...
史跡・城跡碑・像 蒲生の一里塚(越谷市) 一里塚は江戸日光街道沿いに一里ごとに設置された塚で、塚の植えに榎、松、杉等が植えられ、道程の目標や人馬賃銭の目安となり、また旅人の休憩の場などに用いられました。 現在は高さ2m、東西幅5.7m、南北7.8mの東側一基だけが残っています。県内日光街道筋に現存する唯一の一里塚です。...
史跡・城跡建造物神社・寺院 三郷七福神めぐり(三郷市) 七福神めぐりは市内に3コースあります。 【各コースの所要時間】 ●八木郷・戸ヶ崎めぐり……推定所要時間 約3時間 ●彦成めぐり……推定所要時間 約4時間 ●早稲田めぐり……推定所要時間 約3時間 七福神めぐりマップは下記のURLよりダウンロード頂けます。...
史跡・城跡花 菖蒲城趾あやめ園(久喜市) 関東官領の上杉氏と戦火を交えた鎌倉公方の足利成氏の家臣・金田式部則綱が、上杉氏との攻防の最前線として築城したのが菖蒲城です。現在は6月上旬から中旬にかけて約3万株の花しょうぶが咲き誇る菖蒲城趾あやめ園となっています。「あやめ・ラベンダーのブルーフェスティバル」期間中は多くの観光客が訪れます。...
史跡・城跡 塚内古墳群(春日部市) 内牧地区の塚内周辺に点在する古墳群で、南埼玉地域では最多を数えます。6世紀から7世紀の古墳時代後期に築かれており、18基の古墳が確認されています。古墳の大きさは、高さ2〜3m、直径10〜20m程の小規模なものです。また、地域特徴が表れた2種類の円筒埴輪や男性を表現した人物埴輪等が発掘されています。...
史跡・城跡 花積貝塚(春日部市) 県内を代表する縄文時代の貝塚遺跡で、縄文前期にあたる約6000年前の土器には「花積下層式土器」と名がつけられています。貝塚からは生活具や貝、魚、獣の骨がみつかり、縄文のタイムカプセルといえます。江戸時代に編さんされた書物にも、貝が多く散布する様子から「貝殻坂」(かいがらざか)と呼ばれていると記述されています。...
史跡・城跡 赤沼古代瓦窯跡(鳩山町) 7世紀に使われた窯の跡で、埼玉県内でも最古の部類に入る窯だと言われています。埼玉県の史跡に指定されています。当初は武蔵国分寺の建立の為の窯だと考えられていましたが、ここから出土した瓦との照合により、坂戸市にある勝呂廃寺の建立のために造られた瓦窯であることが分かっています。...
史跡・城跡碑・像 台の高札場跡(日高市) 江戸時代に幕府が定めた法度や覚書などを書き記した板札を村の中心や主要な街道が交錯する交差点といった人通りが多く、目に触れやすい場所に掲示していました。板札は人々を見下ろすように高く掲げられ、この掲示施設を高札場と言います。台の高札はかつての高札場を復元したもので、高札には切支丹禁制に関する内容が記されています。...
史跡・城跡 堀兼之井(狭山市) 堀兼神社の境内にあり、直径7.2m、深さ1.9mの井戸の中央には石組の井桁がありますが、現在は大部分が埋まっており、その姿がかつてどのようであったかは不明です。都の貴人や高僧に詠まれた「ほりかねの井」のひとつと考えられており、掘られた年代は平安時代まで遡ることが出来ます。県の文化財に指定されています。...
史跡・城跡 七曲井(狭山市) 遅くとも9世紀後半から10世紀前半にかけて、武蔵国府の手により掘られたと考えられている井戸で、清少納言が著した『枕草子』の中で登場する「堀兼の井」の一つと考えられています。すり鉢型の井戸で、筒部はほぼ中央にあり、松材で組んだ井桁からなっていることが判明しています。県の文化財に指定されています。...
史跡・城跡 小手指ヶ原古戦場(所沢市) 小手指地区北野の埋蔵文化財調査センターのある一帯は、「小手指ヶ原」と呼ばれ、今から650年以上前、たびたび合戦が繰り広げられました。中でも新田義貞による鎌倉攻めの戦いは、印象的であったことを地名や伝承地などからうかがうことができます。埼玉県の文化財に指定されています。...
史跡・城跡 弘法の三ツ井戸(所沢市) 昔、弘法大師が行脚中に、所沢が大変水に乏しく住民が遠方まで水を汲みに行くのをあわれみ、杖で清水の出る場所を3箇所示したところ、そこから水が湧いたと伝えられています。現在は3箇所のうち1箇所現存しており、所沢市の文化財にも指定されています。...
史跡・城跡 伊奈氏屋敷跡(伊奈町) 伊奈氏は、清和源氏の流れを汲んでいると言われています。現在でも屋敷跡には、当時をしのばせる土塁、堀、道路などが現存しているとともに、「表門」、「裏門」、「蔵屋敷」、「陣屋」などの名称も伝承として残っています。また、昭和59年に発見された障子掘は現在は埋め戻されています。県の文化財に指定されています。...
史跡・城跡景色を楽しむ 河越館跡史跡公園(川越市) 国指定史跡の河越館跡は、平安時代末から南北朝時代にかけて武蔵国で有数の勢力を誇った武士である河越氏の居館跡です。この河越館の保存を図るとともに、郷土学習の場、市民の憩いの場として整備し平成21年11月15日に開園しました。併設された「資料展示室」では河越館跡の発掘調査で発見された出土品の展示をしています。...
史跡・城跡 小貝戸貝塚(伊奈町) 今から約7、000年前、その当時食べた貝殻を捨てた遺跡と言われ、縄文時代前期のものと推定されています。足立坂東三十三札所の第五番、小室観音の裏手に位置しています。淡水産であるヤマトシジミを主とし、アサリ、ハマグリなどの貝殻が集積されており、県の史跡に指定されています。現在でもわずかながら地表に貝殻の痕跡が見受けられます...
史跡・城跡 高麗石器時代住居跡(日高市) 高麗川右岸の台地上に位置する縄文時代中期(約4500年前)の国指定史跡住居跡です。発掘調査は昭和4年に行われ、埼玉県では初めての竪穴式住居跡の調査です。調査では、時期の異なる円形の竪穴式住居跡が2軒検出され、一部分が重複しています。...
史跡・城跡建造物 光福寺宝篋印塔(東松山市) 光福寺境内の収蔵庫に保存されており、均整の取れた美しいもので、高さは約2.1mです。宝篋印塔は仏教の建造物の一種で、「宝篋印陀羅尼経」を納めた供養塔のことで、石造は鎌倉時代中期から造立されたものです。関東型の特徴を持った鎌倉時代後期のもので、重要文化財に指定されています。...
史跡・城跡 石戸城跡(北本市) 室町時代・長禄年間頃、扇谷上杉氏が築城。平城(ひらじろ)。後に、後北条氏の持ち城となりました。江戸時代初めに廃城。現在、城内を道路が貫通し、宅地化が進んでいますが、若干の土塁と空堀が残っています。埼玉県選定重要遺跡です。...
史跡・城跡 金窪城跡(上里町) 金窪城は、治承年間(1177〜80)に加治屋治が築城し、天正10年(1582)の神流川の合戦で落城後、川窪氏が城主となり、丹波に転封する元禄11年(1698)に廃城となりました。土塁や堀の後が一部に残り、往時を忍ばせています。また、「金窪城跡公園」と隣接しています。...